広島県芸陽高等学校の沿革

1948(昭和23)年 ……………………………………………………………………………

◇学制改革により,広島県立広島第二中学校は.広島県芸陽高等学校と改まる。全日制普通課程18学級,定時制普通課程4学級,および併設中学校よりなる。定時制課程は昼間制とする

◇7月1日 定時制課程開設式,および入学式挙行(新学制により芸陽高等学校併設となり,6月4日準備委員会,15日専任決定,21日入学試験実施,25日 入学許可者発表51名,7月1目入学式。11月1日定時制PTAは全日制PTAに合体し,本校一本のPTAとなる。11月4日より教室増築により,本校に おいて授業するようになる)

◇9月8日 芸陽高校校章できる

◇9月 三沢貫吾第6代校長に任ぜられる

1949(昭和24)年 ……………………………………………………………………………

◇2月 校舎の破損が大きいので,修理と充実を県当局に折衝し.PTAの援助により,総工費297万円で23年12月着工し,24年2月竣工

◇3月  1943(昭和 18)年入学生は1948(昭和 23)年3月に二中を卒業し(5卒),その後更に約3分の2のものは,芸陽高校3学年に編入し1949(昭和 24)年3月に同高校を卒業した(6卒)

◇3月10日 中島新町慰霊塔前において.本校職員,生徒戦災死者の慰霊祭を行う(芸陽高校として最後の慰霊祭である)

◇3月19日  芸陽高校解散記念式。学校再編の決定を見て,二中,芸陽と続いて来た27年の歴史を閉じることになった。バラック建の建物の中に解散式挙行

◇4月30日 広島県広島観音高等学技設置認可。本校の課程を通常課程(普通科,家庭科,商業科),定時制課程(普通科)とする

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